ジューシーと夢の国


「ね、ね、ディズニーシー行こうよ。」


…と、普段のランチの誘いと全く変わらぬテンションでさらっとショートメールをくれる会社の女友達、優ちゃん。なんつー小悪魔ワザ。

「マジすか!??」
内心胸がきゅんきゅんしつつも平常を装いながらしどろもどろOK返事。
だってだって、大人になってから行くディズニーランドって、ある種特別な人と行く感が満載の、夢の国。
一度行ってしまったらあとはもう恍惚浸るロマンス満ちた二人だけの夢の世界。

ここで「こんな俺なんかと一緒でいいの!?」と思ってしまったとしても、決してそのような暗澹を悟られてはならない。もしかすると彼女からしてみれば、そんなに大事ではないかもしれない。おどおどしてしまっては逆に警戒させてしまう。下手に探らず当たり前のように堂々たる態度で、細心の注意を払って、「OK、いつにする?」と、淡々と遂行していくのが正解だ。落ち着け、浮かれすぎるな、俺…(しかし既にこの地点で完全にノックアウト)

以上妄想。
かのように、優ちゃんという人物は、上記のような高校生男子の心中を彷彿させるフレッシュフルーティな女の子。
あたかもランチに誘うかの様にTDLに誘うワザ。その颯爽と繰り広げられるジュシーな小技は今後とも是非伝授願いたいものである。合掌。



というワケで、錯綜としたこの東京砂漠にいい加減、口渇気味なアラサー女子二名がひとときの潤いを求めて舞浜に降り立った。
ディズニーシー。ロマンス溢れる夢の国。
当たり前すぎて無駄な一文かもしれないが、ランドではなくシーを選んだ理由は無論、「酒が飲めるから」である。

根は至って大人しい当方のテンションを人生に渡って支えてくれた「酒」。今回もそれなしでは、正直高揚できるかどうかは不安だった位だ。しかしながら、こんな東京砂漠と現実社会で錆びれまくったアラサー女子のテンションをてっとり早く最大限に引き上げてくれたのは、夢の国においては酒ではなく、「ミッキーマウスの耳」だった。
到着するやいなや、防寒兼ねた「ミッキーの耳がついたかぶり帽子」2200円をお揃いで購入。

入場料が5800円に対して、今日一日しか使えない帽子が2200円。
普段は出費にシビアな現実派アラサー女子も、営業職で培ったであろう金銭配分感覚も、夢の国では消失する。
だってこれ夢だし別に。
実用性を限りなく無視し、林やペーパーもびっくりなドピンク・豹柄耳を選ぶ。夢の国においては、トータルコーディネイトは無視した方がより馴染む。自分色ではなく、夢の国色に染まりたい。
などとウケ狙いさながらで買ったこの帽子が、まさに改心のヒット!
お約束パレードで私が完全にスイッチオンした瞬間、酒も入っていないのに満面の笑みを浮かべ、踊りながら駆け寄る姿がこの歳になってサマになってくれたのは、まさしくこの愉快な帽子のおかげだ。(と思う。)
思わずパレードにいるミッキーでもミニーでもない完全な脇役お兄さんに駆け寄り、タッチ。さすがの優ちゃんも私のこのあまりの節操のなさにには白い眼を向ける…。ごめんよ!もうなんでも良くなっちゃってるんだYO!(※注・現地点シラフ)

ところで、そんなピュアとシビアが混在する、ジューシー優ちゃんの情報によると、ディズニーランドでミッキーに手紙を渡せば、なんと後でお返事がお家に送られてくるのだという。
その内容を聞いてみると、


「今日は来れて良かったです。わたし、ミッキーが大好き。」
「Thank you!」


みたいなシンプルなやりとりらしいのだが、本物のミッキーからのお返事なので、プレミアム感は格別。
うらやましい!私も手紙、書いてみようかな…。どうせ書くならインパクトも狙いたいものだ。
ちょっとした人生相談ものを思いついてみる。


「ねぇミッキー、私いま、借金があって一家心中しそうなの。」
「Good luck!」


「ミッキー、ボク、とても悩んでて…。凶悪犯罪の犯人になっちゃって、捕まるのが怖くて毎晩眠れないんだ。」
「Don't worry!」


「子供3人いるのにリストラされて、明日から職安生活なんだよね〜…」
「Be happy!」


夢の国からのお手紙って、こんな感じ?ついついブラックなネタで30秒間妄想。この国では、ネガティブな言葉はいつだって、存在しないハズなのだ。ディズニー映画「魔法にかけられて」のジゼルの台詞を思い出す。
「Angry?...No idea.What is "Angry"?」

そう、ディズニーはいつだって夢を徹底している。この施設全体の徹底さ加減は確実に世紀の芸術品だ。
ディズニーワールドでの常識、それは世知辛い現実世界を瞬時に吹き飛ばす威力を持つ、どんな度数の高いアルコールも敵わない、純度の高い妄想なのだ。
世の中から徹底的にネガというネガを排除する事は、まず、どんな世界でもありえない。
戦争、不況、混沌、飢餓、死…。

これらのワードは、世の常だ。歴史上、あらゆる人間がそんなネガを少しでも良くしようと努力してきたが、ポジがある以上、ネガはいつだって存在する。大自然の一部と同じ様に。
そんな世の正負の法則を、ねじ曲げる事に唯一成功した創作品、それがディズニーランド&シーだ。

世界のほんの数百ヘクタールの面積の中でのみ、夢を実現させた。しかも徹底させた。建造物からスタッフの振る舞い、キャラクターの実像化…。完璧なクオリティー

通常、純度の高い妄想が実際に見事に具現化されてしまうと、人はどこかで違和感を憶える。あるいはある意味での恐怖を憶える。
キラキラとした歌声、笑い声、花火、魔法、お城、それらが全て不協和音のように織重なり、耳元で響く。酔狂な世界に足を踏み込んだかのような不安感。
ディズニーランドに来てそのような無粋な事を思う客は居ないかもしれないが、完全なるポジな世界、夢の国とは、実はそのようなものだと思う。
そもそもどこか現実を感じないと、妙に落ち着かないのが人間なのだ。
例えば、今回で言えば、やはり真冬なので正直とても寒い…これが入国すぐに魔法の空調機で一気に暖かくなったりすると、人々は逆に不安になる。

…。そんな夢の国についてのドープな考察(どうでもいい事)をしていても、ジューシー優ちゃんのリトルマーメイドのようなキラキラした楽しそうな笑い声が、いち早くも私を本当の意味での夢の国に引き戻してくれる。

結果、大満足、大満喫。帰路のステーションでは一本電車を遅らせて眺めた花火で一気にボルテージマックス!
キラキラとした、夢の国。その驚くべき演出と、クオリティー

そして、キラキラした思い出をまるで当たり前のようにランチをするかのように自然と創作する、ジューシー優ちゃん。
からしてみればあなたも充分、夢の国のお姫様みたいだ。


夢の国から帰国後、舞浜駅構内ブティックで洋服のセール発見。
70%オフで3500円のジャケットを、実用性があるかどうかで真剣に1時間近く悩む優ちゃん。
あなたさっき、全く使えない豹柄ピンク帽子を買った時は即決だったじゃない!

そう、私達は本来このように、シビアなアラサー現実派女子。
実は、ついさき程までの夢の国の威力を、この時に一番思い知らされてしまったのだった。